慶應義塾大学理工学部 広報誌
  新版 窮理図解  
04 スペシャル座談会

この4月から母校である慶應義塾大学に戻り教員となった田邉孝純専任講師、
神原陽一専任講師、1年間の海外留学から帰国した犀川陽子専任講師。
新しい年度にふさわしいフレッシュな3人の研究者に、
研究の場、教育の場としての慶應義塾大学についてそれぞれの思いを聞いた。

 

写真研究する場としての慶應
司会 田邉先生と神原先生は、今年度慶應以外の研究機関から新しく教員としていらしたわけですが、外から見た慶應の印象や、着任した時の印象はどうでしたか。
神原 研究機関にいると、周りの人は専門家だけです。同じ分野で同じ専門用語を使える人だらけだから、研究する上ではすごく楽ですね。 
司会 なるほど。
神原 ただ、それは狭い分野のことです。もちろん、広く社会に寄与している分野なのですが、学問の内のカテゴリーとしてはすごくマニアックですね。私は研究員で、研究が仕事でしたので、仕事の存在価値に悩むところが多々ありました。これは本当に役に立つのか、役には立つのでしょうが、世の中にアピールしているのかどうかと…。
 慶應理工学部の場合ですと、同じ分野の専門家が2人いることは、ほとんどありません。関わる分野は教員の数だけ存在します。だから、私のやっている仕事はよくわからないという人も多い。そういう意味では社会が広いのだなと、そういうところは意識しますね。社会での自分の位置がちょっと分かるというか。 
田邉 まったく同じ印象を持ちました。自分の研究領域とほかの先生の研究領域にかぶりがほとんどないことは、場合によってはデメリットにもなりますが、それをポジティブに捉えて、せっかくの機会だから新しい、まったく違うところとのコラボレーションに広げていけたら、それが長所になってくると思っています。
 それから、着任しての印象ということですが、非常に自由な雰囲気があります。
私が思う慶應のよいところとして、ダイバーシティ(多様性)がすごくあると思うのです。いろいろな人がいる。これは、様々な入学経路があることによるのではないかと思っています。例えば、有名国立大学だと、受験を勝ち抜いてきた人が多いわけですよね。そうすると、身の回りには成功した人たちしかいないということになるけれど、慶應の場合は幼稚舎からずっと進学してくる人もいれば、推薦入学もいれば、慶應に入りたくて受験した人もいれば、「残念なんだけど」という人もいます。
司会 そうですね(笑)。
田邉 挫折感を味わってきている人もいる。でも、成功体験しか経験してこなかった人は、そういう人たちの気持ちを大学1年生の時に、「あ、そういう人もいるんだ」と知ることで、幅が広がるし、逆に多少残念な思いできている人も学生生活を謳歌している友人を見て元気づけられるというか、新たな視野が開けると思うのです。様々な経験と方向性をもつ人が集まることで、こういった多様性が生まれるのかなと思うのですが…。
 学生の間に、挫折感を味わった人、成功体験をした人などいろいろ見るから、そういう人たちの気持ちがわかるようになって、社会をリードするような立場に立った時にも役に立つと思います。
司会 研究を発展させていく上での慶應のよさはどのようなものでしょうか。
神原 他の研究機関と共同で研究することを躊躇してはいけない場所なので、それを迷いなくできるというのは、よいことなのではないかと。
司会 躊躇してはいけないというのは、どういうことですか。
神原 分野ごとの専門家は大学では1人だけです。だから学生さんは、私の話しか聞けない場合がある。それはかわいそうですよね。もちろん、近い分野の先生はいますので、その方々と話をするのも重要です。ただ、大学内だけでなく、外部の人たちと話すことも重要だと思います。大学という環境では、それを躊躇してしまうと研究が発展しない。そこは積極的にならなければいけない。学生にも常々「大学の外の人と話しなさい」と言うようにしています。そういうことを躊躇なく言えるのはよいですね。
犀川 私は逆に、慶應の理工学部でわりと事足りるという感じもしています。私の所属する応用化学科だけでも30人くらい先生がいて、研究も、化学とは言いながら、構造的なことから、ちょっと生物っぽいことまで、いろいろあります。新しいことを始めたい時に、相談できる先生がすごく身近にいて、かなり多岐にわたる分野の人が「これはね」と、自分の専門の先端的立場から意見をくださるのです。だから、私としては元々慶應出身ということもあり、ホームな気分で、新しいことに挑戦する時の障壁はすごく低い感じがして、そういう面では、外部に行かなくてもいろいろな分野の情報も技術も学べるよさもあるかなと思います。
司会 学科によっても違いがあるのでしょうか?
田邉 僕の学科もオーバーラップが少ないと思います。でも、それを活かしていきたいですね。総合大学のメリットを活かしたいということかな。あと、卒業生に産業界で活躍している方が多いので、そこをうまく活用できればと思います。僕がやっているのは基礎的な研究です。基礎研究は実用化までの道のりが長いので、最終的にどういうふうに世の中で役に立つかという、道筋を描いていくのが専門家でもけっこう難しいのです。
 でもやっぱり、どういうふうに役立つか、世の中にアピールしていかなければいけないと思っていて、産業界で活躍している人にいろいろアドバイスをもらいながら、「僕はこういうことをやっていますが、何か役に立ちませんか」と力を借りていきたいと思っています。
犀川 慶應は縦のつながりが強いですものね。OBでも、「慶應同士」という気持ちがかなり強いですね。
田邉 そうですね。僕は来週も、以前いた会社の三田会(慶應出身者の会合)があります。

留学先から見た慶應
司会 犀川先生は昨年ハーバード・メディカルスクールに留学されましたが、どういった思いで行かれたのでしょうか、外から見た慶應はいかがでしょうか。
犀川 私は慶應に入って以来、一度も外に出たことがなくて、学部から同じ研究室で同じような分野を研究してきました。ハーバード・メディカルスクールとは医科大学院なのですが、そこに行くとなると、外国にもほとんど行ったことがないうえ、医学の分野や生物医学系の分野も挑戦でした。研究室を出るということひとつでも、私の中では珍しい貴重な経験だったので、「ほかのものを見てこよう」という気持ちで行きました。
 きっかけは、若手研究者を1年ごとに留学させてくれる学科のシステムで、それで私も「行ってきたら」という感じになりました。なかなか自分からは行けない貴重な機会をいただいたと思っています。
 実際に行ってみると、「ハーバードはすごい」という面もあったのですが、のんびりしているけれど学生がよく勉強しているなど、慶應とすごく似ている部分もありました。医学系なので、慶應と言ってわかってくれる人もいて、慶應がグローバルに知られているという印象も受けました。
 化学対医学という意味では、私は化学ですが、もちろん医学部の方が化学のことを知っているとも限らないし、こちらも医学のことを知らないのですけれど、まだまだ医学の中でも化学が大事にされる場面がけっこうあるなと思いました。化学はとても古い分野で、最近はバイオロジーなどのほうが人気なのですが、化学もまだまだ捨てたものではないという印象を受けました。
司会 医学の世界に少し歩み寄ったからこそ、化学の必要性が再認識されたということでしょうか。
犀川 そうですね。医学の方と話していると、化学の構造などの視点では全く見ていないので、お互いに話しがかみ合わなかったり、若干けんか腰になったりするのですが、よく話してみると「ああ、そういう視点があるんだ」という新たな視点がたくさんあって、そういう意味でよい経験でした。
神原 どこか研究室に入ったのですか。
犀川 はい。
神原 メディカルスクールというのは臨床もやるのですか、患者さんもいたりするのですか?
犀川 臨床のようなことをやっている人もいますが、隣接してハーバードの病院がいくつかあるので、臨床系の人はだいたい病院の研究室で仕事をしており、神経系の研究などもしていました。だから患者さんが近くを通ったりするわけではありません。
司会 慶應のことを知っている方もいらしたのですね。
犀川 名前を知られていて、「おお」と思ったのですが、私が学部の時に所属していた剣道部は、ハーバードと提携していました。たぶん、慶應がハーバードに近寄ろうとしているところがあると思います。だから、校風も似ていて、自由な感じとか、私立ですし、私たちに身近な印象でした。
田邉 ハーバードって、剣道部が提携しているのですか。
犀川 ハーバードで剣道をやっている学生が、一緒に合宿に参加したりしています。
田邉 体育会の剣道部ですか。
犀川 はい。
田邉 すごいですね。

 

 

part 1 研究する場としての慶應
part 2 イノベーションを生み出す 研究姿勢
part 3 企業と大学、 研究者を志したきっかけ
profile 田邉孝純 電子工学科 専任講師 信号処理の究極的な省電力化と高速化を目指して、フォトニック結晶やシリカによる微小光共振器を利用した光非線形制御の研究に取り組んでいる。これまでに、半導体チップに集積可能な光スイッチや光メモリなどの開発に成功。2004年3月慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻博士課程修了。同4月、日本電信電話株式会社に入社、NTT物性科学基礎研究所に所属。2009年4月同研究所研究主任。2010年4月より現職。2007年Scientific American 50 Awardなど。
犀川陽子 自然現象に関わる鍵物質に注目し、それら天然物の単離、構造決定を行っている。また、分子内デッツ反応などを用いた独自の手法による、複雑な天然物の合成研究に取り組んでいる。2003年3月慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程単位取得退学。2002年4月、慶應義塾大学理工学部応用化学科助手。2004年、博士(理学)取得。2008年4月より現職。2008年9月から2009年9月ハーバード医科大学院訪問研究員(Jon Clardy教授)。2003年第45回天然有機化合物討論会奨励賞など。
神原陽一 物理情報工学科 専任講師 高温超伝導を示す化合物の「発見」を主目的に、無機合成による結晶性の高い試料の作成と評価を行い、得られた結晶の局所構造と電気的性質・磁性との相関を明らかにする研究を展開中。2005年3月、慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程修了。2005年4月より科学技術振興機構ERATO SORST細野透明電子活性プロジェクト研究員。2008年10月より科学技術振興機構TRIP新規材料による高温超伝導基盤技術研究員。2010年4月から現職。2009年第13回超伝導科学技術賞など。
 
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