慶應義塾大学理工学部 広報誌
  新版 窮理図解  
04 スペシャル座談会 企業と大学、研究者を志したきっかけ

写真企業と大学の違い
司会 さきほど田邉先生から少しお話がありましたが、企業と大学の違いは、どのようなものでしょうか。
神原 企業を知らないのでよくわからないのですが、大学の研究は、それがお金にならなくてもよいと思うのですね。企業の方と共同研究をする場合も、大学側は信頼できる結果、正確な情報を示した上で、そこからの発展を示唆することが仕事でしょう。異分野の研究者も近くにいるので、その人たちの意見を聞けるのがいいですね。自分の持っている結果を「これはどうですか」とオープンに聞きやすいと思います。
田邉 僕がいた企業の研究所はとてもアカデミックだったので、今から話すことは当てはまらないのですが、一般的な話として、企業と大学の違いは、2つあると思っています。1つ目は、企業は製品が主体です。自分の研究成果が製品として世に出るというのは、逆に個人の顔はあまり世に出ないということです。それに対して大学は、個人が前面に出るので、それが違うと思います。製品として世の中に出すか、個人の顔として外に出すかというのは、大きい違いだと思います。
 もう1つは…ちょっと忘れました。
司会 教育面はいかがですか。大学と企業だと教育も違うと思うのですが。
田邉 思い出しました。一般的には企業では人事異動がありますね。だから腰を落ち着けて研究や教育をすることが難しい場合がある。事業所に行ったり、また研究所に戻ってきたり。落ち着いた気持ちでいられるのは大学のよいところで、後進の教育も、大学のほうがしっかりできます。まあ、教育機関ですから当然ですが。
 企業も本当は、教育をしなければいけないのですよ。今、いろいろな技術、ノウハウを持っている団塊の世代がどんどん辞めてしまうので、ノウハウを伝承していかなければいけないのですが、忙しくてその時間がないのです。あっちに行ったりこっちに行ったりということで、教育したくてもできないという問題があると思います。
司会 犀川先生はいかがでしょうか。
犀川 私も企業には出ていないのですが、イメージ的には、企業では、製品になることが大きなモチベーションだと思います。そして、それは社会貢献にもなるし、自分も給料をもらえるというすごくよい回り方だと思います。一方、大学では、すぐには役に立たないことでも許してもらえます。「それは基礎研究だから」と理解をしていただいて、自分が基礎研究をやっているから言うのですが、それがそのまま社会貢献になるわけでもないのですが、それこそ田邉先生がおっしゃるように腰を落ち着けて、長い時間をかけて大きなことに挑戦することができるという意味で、いいなと思います。
 大学はそういうものをねらっていくべきだと思います。国立の大学や研究所にいる友人の研究者は、2、3年でどんどん動かなければいけないそうで、特に若手の人は異動が多く時間のかかる大きな研究ができないと言っています。それに対して、慶應というか、少なくとも私の学科はわりと長いことやれます。それでぬるま湯につかってしまったらだめですが、そこで大きなことに挑戦して、なかなか結果が出なくても、温かい目で見てもらえる雰囲気が、居心地のよい環境だと思います。
神原 私がいた科学技術振興機構については、いくつかのプロジェクトがあって、1つのプロジェクトがだいたい3年から5年くらいの期間です。大型のプロジェクトでは5年がさらに継続して10年になることもあるのですが、大部分の研究員は2年くらいで結果を出して、3年目で宣伝して就職することがモチベーションなので、田邉先生がおっしゃった企業の研究ペースとあまり変わらないのではと思います。私も今は腰を落ち着けてやりたいですけれど、リハビリが必要ですね。
田邉 リハビリ?
神原 研究員時代の緊張が抜けなくて、すぐに期限を意識したテーマを考えてしまいます。

研究者を志したきっかけ
司会 理系を志したきっかけ、あるいは、研究者を志したきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
田邉 私がちょうど中学生くらいの時だと思うのですが、NHKスペシャルで「電子立国日本の自叙伝」という番組があったのですよ。トランジスタがどうだったかというような、電子立国・日本はこうしてがんばった、という放送を見て、「こういうことをしたいな」と思いました。
神原 私は子供の時から特技があるタイプではなかったので、周りに合わせて、大学に行って就職しようと思っていました。どういうふうに進学先を決めたかというと、自分の成績表を見て、どう見ても、英語はあまり…、理系のほうが適切だなと。数学と理科はまだまともだったのです。そんな理由で進学しました。うちの親が高校の教員だったので、自分もそういうふうになると思いまして、現役の時に学芸大学を受験したのですが、見事に落ちました。1年間、時間があったので、受験勉強のついでに、高校在学時の物理の先生のところによく遊びに行っていました。その時に「いろいろ読んでみろ」と言われて、物理寄りの相対性理論を簡単に書いた本などを見せていただいて、こういう分野もおもしろそうだなと思い、一浪して物理系に進みました。あとは本当に流れで、目の前にあることを一所懸命にこなしていたら、今に至ったというわけです。大望があるタイプではないですね。
田邉 私も、国語が分からないし、理系に行くしかないというのもありました。
神原 古文も、文章に書いてある内容はおもしろいのだけど、暗記する気はなかった。それから逃げたら、こういうコースになりました。
司会 得意な分野を残された形ですね。
神原 そうですね。得意というか、まともだった分野というわけです。
犀川 私は完全に文系でした。国語とか音楽のほうが好きだし、成績もよくて、理科とか数学はあまり好きではなくて。ただ、家では山菜を採って食べたりしていたのです。山菜なのか、道端の草か、あやしいですけれど、そういう植物の分類や、「これは食べられるものだ」と図鑑で調べることを通じて植物や自然に親しんでいて、そういうものは好きだったし、必要だったのですね。
 でも高校の2年生の秋、文系か理系かを完全に決める時に、そのころになると国語のほうがあまり得意ではなくなってきて、特に、作者の気持ちを書けといわれて、書くと△にされるみたいな、そういうあいまいさがあまり好きではなくなっていました。逆に、クリアに「この植物の成分は何である」とか、そういうことがわかる化学や生物などの分野のほうがおもしろいなと思って、そこでいきなり、文系だったのを理系に変えて、こっちに来たという感じですね。
 根本として、何かを見た時に、「この植物は何」とか、「これはどういう成分か」とか、「食べられるの?」とか、「いつ生えているの?」とか、そういうものに興味があったというのが元にあったと思うのですけれど、基本的に、思想としては文系で来たので、たまにずっと理系で進んで来た方と話すと、申し訳ない気がします。
司会 三者三様ですね。めざましい成果を挙げている先生に恵まれて、学生はとても希望が持てると思います。貴重なお話をありがとうございました。新しく着任されて、また留学から戻っていらして、新しい思いで臨まれる研究でのご活躍に期待したいと思います。

(司会・構成 新版窮理図解編集委員会)

 

 

part 1 研究する場としての慶應
part 2 イノベーションを生み出す 研究姿勢
part 3 企業と大学、 研究者を志したきっかけ
profile 田邉孝純 電子工学科 専任講師 信号処理の究極的な省電力化と高速化を目指して、フォトニック結晶やシリカによる微小光共振器を利用した光非線形制御の研究に取り組んでいる。これまでに、半導体チップに集積可能な光スイッチや光メモリなどの開発に成功。2004年3月慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻博士課程修了。同4月、日本電信電話株式会社に入社、NTT物性科学基礎研究所に所属。2009年4月同研究所研究主任。2010年4月より現職。2007年Scientific American 50 Awardなど。
犀川陽子 自然現象に関わる鍵物質に注目し、それら天然物の単離、構造決定を行っている。また、分子内デッツ反応などを用いた独自の手法による、複雑な天然物の合成研究に取り組んでいる。2003年3月慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程単位取得退学。2002年4月、慶應義塾大学理工学部応用化学科助手。2004年、博士(理学)取得。2008年4月より現職。2008年9月から2009年9月ハーバード医科大学院訪問研究員(Jon Clardy教授)。2003年第45回天然有機化合物討論会奨励賞など。
神原陽一 物理情報工学科 専任講師 高温超伝導を示す化合物の「発見」を主目的に、無機合成による結晶性の高い試料の作成と評価を行い、得られた結晶の局所構造と電気的性質・磁性との相関を明らかにする研究を展開中。2005年3月、慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程修了。2005年4月より科学技術振興機構ERATO SORST細野透明電子活性プロジェクト研究員。2008年10月より科学技術振興機構TRIP新規材料による高温超伝導基盤技術研究員。2010年4月から現職。2009年第13回超伝導科学技術賞など。
 
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