慶應義塾大学理工学部 広報誌
  新版 窮理図解  
04 スペシャル座談会 イノベーションを生み出す研究姿勢

写真イノベーションを生み出す研究姿勢
司会 先生方はそれぞれの分野で、目から鱗のような発見を若くしてなし遂げた経験をお持ちですが、そのようなイノベーションはどういった研究姿勢から生まれると思われますか。高校生や大学生がどういう姿勢で勉強に取り組むべきかなど、アドバイスをいただけませんか。
神原 だいたい「そんなことってあるの?」という結果は、当初の目的とは違うところで出る。研究をやっているとよくあることですが、それを見逃さないことですね。 
田邉 強い磁性をもつ鉄は超電導にならないという常識があるそうですが、それでも鉄を混ぜたのは、混ぜてはいけない物を混ぜたということですか?
神原 いえ、これはよく調べると素姓のいいアプローチなのですが、説明すると長くなるので…。僕の入ったグループは、磁性を持つ半導体を作りたかったのですが、なかなか半導体にならなかった。まったく半導体にならないし、磁石にもならない時期がありました。新人の私から見て、これは半導体としてはアウトだけれど、鉄が入っているのに磁石でないというのは何事かと思いました。
司会 見逃さなかったということですね。
神原 見逃さなかった。妙な現象なので、「とりあえず冷やそうか」…と。鉄なのに磁石でないのは、相当に変な状態です。「とりあえず冷やそうか」というのは、超伝導体は磁性を持たないので、まず冷やして超伝導体かどうか確かめたのです。
 実は、銅酸化物超伝導体というものがあって、同じような経緯で見つかっています。これは、誘電体の専門家が発見しました。2価の銅イオンも磁性を持つのですが、その銅が磁性を持たない状態ができてしまった。それを冷やしてみると、当時、世界最高温度の超伝導体だったのです。
目的意識が高くて、集中しすぎると、うまくいかない場合がある。壁にあたった時は、ちょっとよその分野を見る。すると、よその分野の基準では、それがすごくインパクトの大きいものだったりする。イノベーションというのは、こんな風にして起こるのではないかと思います。なので、その時に役に立たないようなことでも大事にすることです。テストでよい点を取るとか、その程度のモチベーションでいいので、目の前にある課題にできるだけ多く触れておくのがよいと思います。全部を完璧にすることはないので、ちょっとずつでも触れておくのが大事だと思いますね。
司会 その発見で、2009年に賞をとられた。
神原 2009年の第13回超伝導科学技術賞をいただきました。
司会 2008年は?
神原 2008年は、論文の被引用数で年間1番でした。
司会 世界で、ですね。
神原 2008年だと引用数が240いくつで、2番目が100いくつなので、ダブルスコアでした。iPS(多能性幹細胞)の山中先生よりも多かった。今は1,200くらいになりました。
田邉 すごいな。引用される論文の書き方を教えてほしいな。もちろん研究内容が素晴らしいのだと思いますが…。
神原 内容はシンプルなほうがいいでしょうね。「鉄で高温超伝導が出ました」というシンプルな内容でした。
司会 では、田邉先生お願いします。
田邉 何事にも素直な気持ちで取り組むことが大事だと思います。私はずっと光の研究をしているのですが、大学の時は、フェムト秒(10のマイナス16乗秒)レーザと言われる分野の研究をしていました。具体的には、光のパルス幅、つまりフラッシュみたいに光る時間をより短くしたり、短く光っている間に光の波形をいろいろ変えたりする研究をしていました。
司会 光っている時間を縮めるのですか。
田邉 はい。例えば、銃弾がリンゴを貫いた瞬間の写真がありますね。普通のカメラのシャッター時間だと銃弾が通り過ぎてしまうのですが、なぜ止まって見えるかというと、暗いところで撮っていて、フラッシュを瞬間的に強く光らせるからです。そういった速いものを見るためには短く光らせることが必要なのです。
司会 短く光らせることができるのですね。
田邉 できます。フェムト秒などごく短い時間で光らせることができるのです。大学の時は「より強く、より短く」という研究をやっていたのですが、企業の研究所に行ってからは、同じ光ですが、逆に、光の強度をより弱くして光による省電力化を目指した研究をしていました。光というのは速くて、いろいろな信号処理をしようとしても通り過ぎてしまうので、小さいところに長く、つまり光を遅くする研究をしていました。
 言ってみれば、同じ光の研究でも、大学でやっていた研究は「より速く、より強く」。企業に行ってからは「より遅く、より弱く」という研究で、ある意味で全然違う方向の研究分野に入ったのですが、その時に、素直な気持ちで物事を見ようと心がけました。なぜかというと、「より速く、より強く」という場合には現象が速いじゃないですか。物を見ることがすごく難しかったのです。だから、測定技術にもすごく難しいものを使っていました。その知識があるので、「より遅く、より弱く」の分野に入った時、こちらではとても簡単な測定をしているので驚きました。その時に、最初は以前の測定法を無理に持ち込もうとしたのですが、そうではなくて、そこでやられている測定法をそのまま認めようと受け入れました。そういう素直な気持ちで取り組んだことが、比較的早く研究が立ち上がった原因かなと思います。
司会 元々の知識と素直な気持ちで得た新しい知識がうまく融合したのですね。
田邉 そういうところを目指しています。素直な気持ちで物事を見て、受け入れることが、すごく大切だなと勉強しました。
司会 田邉先生は、学生に求めるものもそういうことでしょうか。
田邉 はい、学生にもそれは必要だと思うのです。研究室に入って研究するけれど、企業に行ってそれをそのままやるわけではありません。だから、過去のやり方をそのまま持ち込むのではなく、その環境に合ったやり方で、まずその環境に合ったものに取り組むこと。そこで消化してから、何か出していくのが大切だなと思います。
司会 ありがとうございました。犀川先生はいかがですか。
犀川 私の分野は、素直に「どうしてこうなの」という点を探求することで終わってしまうような分野なので、引用されることはほとんどないと思われます。論文の被引用数とか、あるのかな。
 大学院からずっとカバの研究を続けてきました。当時の先生と、カバの汗はなぜ赤いか、その赤いのは何かを知ろうという話で研究を始めました。実際に研究していて一番大事だと思ったのは、よく見ることと、自分自身で体験することです。
 というのも、化学は試験管の中でどうなるかという世界で、対象が分子の構造なので、カバの汗だったら汗をもらってきたところからやっていたのですが、赤い汗と言われているのに実際は茶色でした。「そんなものなのか」と思って、何カ月かはそれを解析しようとしていたのですが、「何のこっちゃ」という感触でした。
 後日、飼育係さんに会った時に、「取った直後はもっと赤いんだけどね」と言われて、「え?」と思って、それからは自分で上野動物園に通って、汗を取る瞬間に立ち会いました。すると赤い汗が取れたり、たまには赤くなくて、「今日はだめか」と思ったら、パッと赤くなったりという体験をしました。そういうことを体験すると、「これ、何?」とさらに調べることもできるし、新鮮な情報になるのですが、原料を持ってきてくれる人や、つくってくれる人からもらって、化学という分野だけで研究しようとすると、見えてこないものがあるのです。トータルで見ることが大事だなと、その時に強く思いました。
 あとは、実験の時には、マニアックな表現ですが、よく「モノの気持ちをつかむ」ことを考えています。化合物が対象なので、それがどういうふうに振る舞っているかは、推理小説みたいにちらっとしか手がかりが見えません。それをよく考えたり、想像力を働かせて、「こういうことなんじゃないか、ああいうことなんじゃないか」とやっていると、いつかそれこそ目から鱗という感じで、全部の謎が解けてわかるので、よく観察して、想像力を働かせて物事を見る力が大事だなと思います。
神原 汗が赤いというのは、酸化鉄なのですか?
犀川 鉄ではないです。簡単に言うと、何か間違ってできる化合物です。その化合物が、今まで世界に発表されたことのないような構造だったので、こんなものがあるんだという驚きがありました。
田邉 採取は、どのようにするのですか。
犀川 難しいのですが、汗なので晴れていないとだめです。外にカバがいて、中に食事が用意されると、「そろそろ中に入れて、ご飯、食べたい」と柵の前にくるのです。その時に飼育係さんとか私がガーゼを持って待ち構えていて、顔を近づけた時にサッとふきとるのです。
司会 それを絞るのですか。
犀川 絞るほど取れることはありません。そのまま持って帰ると茶色くなってしまうので、その場でアイスボックスに入れて持って帰ります。最初は、持って帰って茶色になるとか、操作したらすぐ茶色になるとか、茶色になるたびに、「はい、終わり」という日々が続きました。
田邉 すごく反応性がいいのですか。
犀川 不安定な色素だったんですね。
田邉 最後におっしゃっていた、全然関係ないものから想像力を働かせてねらいを定めるという考えは、すごく共感します。
犀川 「こういうことだったのか」という瞬間がありましたね。
田邉 僕もそういう経験をしたことがあります。最初はつまらない実験結果だと思ったのです。当たり前だなと。でも、一応は論文に書けるかなと思って書いてみたら、真っ赤にペンを入れられて返ってきたのですが、「こういうふうにそれぞれを結びつけて、こういう世界を考えるのか」と、すごくびっくりした記憶があります。想像力だなと思います。
司会 神原先生の「見逃さない」ということにもつながってきますね。
神原 想像力というのは大事ですね。想像力により、ばらばらになっている知識がつながるのだと思います。だから見逃さなかった。

学生が学ぶ場としての慶應
司会 先生方から見て、慶應の学生さんはどのように映っていますか。
神原 卒業して5年経ってしまって、戻ってきたばかりなので、まだ学生さんのことはそれほどわかっていないのですが、私のいた時と変わらないとすると、助け合いがうまいですね。さっき田邉先生が言われたように、モチベーションとか、元々持っている基礎学力とか、幅があると思います。幅がある者どうしで仲よく助け合う文化がある大学なのでしょうね。私は程度の低い学生でしたが、近くに優秀な人は必ずいるので、その人を尊敬して、目標にするとか、まねしたりすれば、すごく成長できる。その点ではベストな環境が用意された大学です。
司会 何か悪いところはありますか。
神原 幅があるので、着目するほうをモチベーションの低い人に合わせてしまうと、よい結果を生まないと思います。入学したからには、この大学をどう活かすかだと思います。
司会 田邉先生はいかがですか。
田邉 さっきの繰り返しになりますが、やっぱり幅があることですね。ダイバーシティという言葉がぴったりで、いろいろな入学径路があるからだと僕は思っています。
司会 犀川先生はいかがですか。
犀川 “幅”について、いろいろなパスがあるという意味での幅もあるのですが、個性の幅も育てようとしている印象があります。ほかの大学のことはよくわからないのですが、慶應では学ぶ場において、最初から専門家を育てるのではなく、何でもありで、下手をすると散漫なのですが、意外な2つが好きとか、「計算も好きだけど、有機化学も好き」みたいな学生さんがいて、それをあまり失わないで研究室まで進級してくるのですよ。
 でも、研究室に入るとかなり専門的になってしまいますよね。だから、なるべくその個性をなくさないようにしたいと思っています。意外な特技があったりするのが、ギャップとしておもしろくて。特に内部生は、そういう個性をなくさないように育てられている印象を受けますね。
田邉 それはすごく重要ですよね。僕もそう思う。サイエンスというのは、何か1つやればよいのですが、工学部、エンジニアというのは、あまり関係なさそうな2つのものを持ってきて、それを組み合わせる。
犀川 組み合わせの妙がありますよね。
田邉 ありますね。そういうのはすごく重要ですね。その組み合わせを、誰も思いつかなければつかないほど。例えば、昔レーザが発明された時には、それが医療と結びつくとは誰も思っていなくて、それを結びつけたレーザ医療という新しい分野ができた。組み合わせるものが離れていれば離れているほど、おもしろい分野が開けるのではないでしょうか。
犀川 そういう自由な発想ができるように育てられている気がしますね。
司会 時には興味が広がりすぎて、散漫になることもあるのでしょうか。
犀川 そうですね。欲張りすぎるような印象があります。分野的にも散漫になるし、サークル活動もそうです。皆、そういうのに慣れているのですね。サークルもやるし、研究もするみたいな…。よく言えば両立なのですが、何にでも手を出すという感じもします。処世術がうまいと言えばそうですけれど、失敗するとどれもいけなかったりする。でも、皆さんうまいと思います。そういったことに大学の時に慣れているので、社会に出てもうまくやっている感じがしますね。頭でっかちではなく、いろいろなことを知っていて、楽しんでいる感じがします。

 

 

part 1 研究する場としての慶應
part 2 イノベーションを生み出す 研究姿勢
part 3 企業と大学、 研究者を志したきっかけ
profile 田邉孝純 電子工学科 専任講師 信号処理の究極的な省電力化と高速化を目指して、フォトニック結晶やシリカによる微小光共振器を利用した光非線形制御の研究に取り組んでいる。これまでに、半導体チップに集積可能な光スイッチや光メモリなどの開発に成功。2004年3月慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻博士課程修了。同4月、日本電信電話株式会社に入社、NTT物性科学基礎研究所に所属。2009年4月同研究所研究主任。2010年4月より現職。2007年Scientific American 50 Awardなど。
犀川陽子 自然現象に関わる鍵物質に注目し、それら天然物の単離、構造決定を行っている。また、分子内デッツ反応などを用いた独自の手法による、複雑な天然物の合成研究に取り組んでいる。2003年3月慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程単位取得退学。2002年4月、慶應義塾大学理工学部応用化学科助手。2004年、博士(理学)取得。2008年4月より現職。2008年9月から2009年9月ハーバード医科大学院訪問研究員(Jon Clardy教授)。2003年第45回天然有機化合物討論会奨励賞など。
神原陽一 物理情報工学科 専任講師 高温超伝導を示す化合物の「発見」を主目的に、無機合成による結晶性の高い試料の作成と評価を行い、得られた結晶の局所構造と電気的性質・磁性との相関を明らかにする研究を展開中。2005年3月、慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程修了。2005年4月より科学技術振興機構ERATO SORST細野透明電子活性プロジェクト研究員。2008年10月より科学技術振興機構TRIP新規材料による高温超伝導基盤技術研究員。2010年4月から現職。2009年第13回超伝導科学技術賞など。
 
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