慶應義塾大学理工学部 広報誌
  新版 窮理図解  
02 武田朗子 ORを広く社会に役立てたい

オペレーションズ・リサーチ(OR)の最適化法という応用数学の分野で
活躍する武田朗子さん。
意外にも、幼い頃は学校の成績が悪く、勉強が苦手だったという。
その劣等感をバネに、人より努力し、探究心を持ち続けることで、研究者への道を拓いてきた。
でも、武田さんのやわらかな笑顔に気負いはない。
学問の世界に閉じこもることなく、自らの研究の成果を世の中に役立てたいと、
その目指すところは常に外に開かれている。

 

1 落ちこぼれの小学生が一転して研究者に

ゲスト写真 数学の研究者というと、とても優秀な方しかなれないイメージがあります。昔から数学の成績はよかったのですか?
 実は私、小学校時代は落ちこぼれだったんですよ。学校いち成績が悪くて、親が学校に呼び出されたこともあるほどなんです(笑)。さらに、校内を走り回ったり、校庭の木によじ登ったり、野生児のような子どもだったので、叱られてばかりでした。だから、小学校時代の友人に会って、私が研究者になったと言うと、ものすごくびっくりされるんですよ。
 それでも、母が諦めずに、「この子は人よりも進むのが遅いだけなんです」と先生に言ってくれたおかげで、人より勉強すればいいんだなと思うようになったのです。
 勉強ができなかった理由は、要領が悪くて、全ての科目をちゃんとやろうとしすぎていたことと、暗記モノが苦手で、数学の公式なんかを覚えていかなかったからなんですね。だからテストでも、公式自体を自分で証明しようとしてしまって、いつも時間が足りなくなってしまうのです。そうしたわけで、高校までは、取り立てて得意科目はありませんでした。高校時代の友人も、私が数学の道に進んだことに、とても驚いています。てっきり文系に進むと思っていたと、よく言われます。
 負けず嫌いでもあったんでしょうね。苦手なものを克服したいという気持ちが強かったので、中学、高校では、暗記モノもがんばって、どの科目もまんべんなく勉強するようになりました。だから、とくに数学が好きだったというわけではなくて、正直言うと、やめるにやめられなかったというのが本音です(笑)。
 どちらかといえば、選択肢を広くもっておきたいという気持ちだったのかもしれません。自分で言うのも何ですが、努力家なんでしょうね。

ゲスト写真努力するうちに、成り行きで数学の道に進まれたということですか?  将来の夢とか、何をやりたい、ということはなかったのでしょうか?
 あまり、貪欲に何かになりたいと考えたことはなかったですね。ちなみに、父はアパレル関係の会社を経営していて、妹も従姉妹も、数年前まで宝塚歌劇団で活躍していましたし、歌って踊るのが好きな家系というか(笑)、研究とは無縁の環境に育ったので、進学の時点では、研究者になろうと思ったことはまったくありませんでした。
 高校を卒業して慶應義塾大学理工学部に進み、2年次で管理工学科を選択しました。管理工学科というのは、いうなれば数学的な道具を使って社会の仕組みをつくったり、それをマネジメントするための方法を研究する学科で、研究対象はとても広いんです。スーパーの店内でのお客の動線を計画したり、工場内の生産ラインを考えたり、都市計画などもこの学科で扱います。
 私の場合は、修士までは数理経済学を専攻していたのですが、しだいに、数式を解くこと自体に面白味を感じるようになりました。応用分野を限らずに、問題の解き方を考案したり、アルゴリズムを考えて計算機に実装してどう解くかを考えたりといった、数理的な研究をしたいと思うようになっていったのです。そうしたことから、博士課程では慶應義塾大学から、東京工業大学情報理工学研究科に移り、オペレーションズ・リサーチ(OR)の一分野である最適化法を専門に学んで、理学博士号を取得しました。
 博士課程での3年間は、難問をいかに解くかということに終始していたのですが、やがて、自分の研究が実社会にどう生かせるのか、実際に確かめたくなっていきました。いったんは社会を見てみたいという思いも強かったので、博士号を取得して、大手電機メーカーに就職しました。そこで、研究所に勤務して、電力会社の発電機の最適化などの仕事に携わることになりました。

 

 

1 落ちこぼれの小学生が一転して 研究者に
2 企業の研究員を経て 母校に戻る
3 「最適化法」をより多くの人に 知ってもらい役立てたい
profile 武田朗子
管理工学科 専任講師 不確実性を考慮した最適化技術の開発に従事。最近は、金融工学や統計的機械学習分野における最適化問題を効率よく解くためのアルゴリズムの開発に取り組んでいる。2001年、博士(理学)を取得後、(株)東芝 研究開発センター 研究員、 東京工業大学情報理工学研究科 助手を経て、2008年より慶應義塾大学理工学部 専任講師、現在に至る。
 
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